1. 無料アクセス解析
   
11
4
5
6
7
8
9
10
11
12
14
16
18
19
20
24
25
26
27
29
   

1989.5.20-2010.11.3 

KOU、21歳で永眠
大切なことをたくさん教えてくれたKOU
KOUがいなくなってから4ヶ月目の'11年3月末…
東日本大震災で被災した福島の両親がやって来て
7ヶ月間、一緒に暮らしていました
'11年10月末のKOUの一周忌を機に
我が家の近所にお引越し☆

両親がいる間に、moguraはヘルパーの資格を取り
高齢者施設に就職できました
KOUが見守ってくれていたようです

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

最後の願いが叶った

前記事⇒
救命センター最後のとき検視を終えて お別れの日が近づく
愛を込めて…最後の添い寝最後も車いすで!

ブログのお友達の所へは、忍者のように応援しに行ってます。
まだ、ちょっとコメントが書けません。許してください。

更新は激減なのに、毎日皆さんが応援して下さっている事を最近
になって知りました。心からお礼を言います・・・「ありがとう」。




11月5日(金) 午後3時 

最後のドライブ

家を出るときに、HAMUOさんと二人で
KOUを抱っこして車いすに乗せることができた

KOU、とっても上手に座れたね

じいちゃん、ばぁちゃんには
後からゆっくり来てもらう事にして
HAMUOさんと娘達と、そして妹を乗せて

最後も、母さんの運転で
いつものように出かけた

葬儀社O女史の車も後から付いて
斎場に向うまでの道のりを
少し寄り道をさせてもらった

車いすに乗ってるKOUと
楽しかった道中の話をしながら


このカーブで頭がズレると
KOUくん、楽しそうに笑ってたよね

ここらへんで、よくお散歩している
(元福祉課の)課長さんに会ったよね

この田んぼ、春はすごくキレイだったよね


母さんとKOUの通学や通園の道のりは
二人だけの思い出

最後に家族にも、教えてあげた



そして、まずはデイサービスで最後のご挨拶

障害児の受入れは、全て断られたのに
唯一引き受けてくださったデイサービスセンター

火曜日だけの利用ではあったけど
送迎と入浴が必ずあったことが大きな支援でした

夏は、「送迎なしなら」と、水曜も入浴させてもらえて・・・
HAMUOさんも安心して出張に行けました

そして、思いがけず
KOUが利用者のおばぁちゃん達に
とても可愛がられたことを知って、とても嬉しかったです

しかも、おばぁちゃん達の励みになっていて
KOUが行くようになってからは、
皆さんが元気になったと聞きました


KOUのデイでの様子を聞くのが楽しみでした


2年弱の利用でしたがありがとうございました
10110509.jpg 
          KOUも車の中で、皆さんにご挨拶



次に、療育センターへ

すでにスタッフと利用者さんたちが
たくさんのお手紙や折り紙をもって出迎えてくれた


念願の療育センターに3年通うことが出来ました
美味しい給食、ありがとう
気持ちいい訓練、ありがとう
楽しいおしゃべり、
楽しい音楽、
楽しい絵本の時間・・・本当にありがとう

10110510.jpg 
お友達がいて、いっしょに過すことができて
本当に良かった

ここで、成人式が出来たこと、素敵な思い出です

もうみんなと一緒に活動が出来ないなんて・・・
ここに通うことが出来ないなんて・・・

療育センターで一番最初に卒業することになるなんて・・・

みんな、元気でね



クラクションを軽く鳴らして斎場に向った





午後4時前

最後のお風呂

まるで眠っているだけのようなKOUを乗せて到着


ついに、ここに着ちゃった・・・


葬儀社のスタッフが、私達を部屋に案内してくれた

単なる湯灌(ゆかん)だけだと思ったら
その部屋には浴槽が準備されて
都心から来たという若い男女の納棺師の方がいた

つまり⇒「おくりびと」

浴槽の前には、
座布団が並べられ家族と近い身内で
納棺の儀が始まった

じいちゃん、ばぁちゃん、
そしてHAMUOさんの妹さんも到着した



納棺師の方と相談して、
最後のお風呂は両親で丁寧に行うことになった

KOUの着替えもお風呂も
親の方が慣れているからね・・・

みんなが見守る中、
ちゃんと、肌はバスタオルで見えないように
配慮されていた



赤ちゃんの時とは逆で
最後のお風呂は、足から洗うんだね 


香りのいいボディソープやシャンプーとリンス

男性の納棺師の方が顔を剃ってくれた
 

ずーっとドライアイスで
耳も紫色になって凍っていたから
温かなシャワーで洗ってあげられると思うと
私達の心は慰められた



最後に、全員にタオルが配られ
足や顔や手などを拭いてもらった

髪の毛もドライヤーで整えられ
白装束ではなく、
ふたたびスーツ姿になった



白いお布団に寝かされ 
お化粧されたカワイイKOUは

棺の中に入ってから 
たくさんの綿とドライアイスに囲まれ

葉っぱの形の芳香剤を入れてもらい
靴や冥土へ行くための小物も入れられた 


みんなが一斉に「あ~、穏やかな顔だわぁ」と
心から安心できるいい顔になっていた

お風呂好きのKOUだから
「気持ちよかったって喜んでくれてるみたいだね」って・・・



「最後に抱っこして車いすで出発したい」

という、母さんの願いと

「最後にお風呂に入れたかった」

という、父さんの願い

2人の最後の願いを叶えてもらえたよ


納棺の儀も済み、
式場の飾り付けをすることになった

通夜が始まるまで あと3時間・・・


ランキングバナーはずっとこのままでお願いします

お 願 い
2つのランキングに参加しています♪
1日1回のバナー押し
↓↓どちらのKOUも押して下さるとうれしいです↓↓
 
2010FC2バナー2010村バナー
スポンサーサイト

theme : 障害児と共に生きる日々
genre : 福祉・ボランティア

最後も車いすで!

前記事⇒
救命センター最後のとき検視を終えて お別れの日が近づく
愛を込めて…最後の添い寝

写真の選択には充分な考慮をしていますが、 最後の様子を記憶
したいので、KOUの死後の写真を数点掲載しています。 
不快な部分もあるかと思いますが、どうぞ静観してくださいませ。

ブログのお友達の所へは、忍者のように応援しに行ってます。
まだ、ちょっとコメントが書けません。許してください。

更新は激減なのに、毎日皆さんが応援して下さっている事を最近
になって知りました。心からお礼を言います・・・「ありがとう」。



11月5日(金)  

朝・・・目覚めない

KOUと添い寝をしたとき、いつものように手を握ろうと思ったけど
ドライアイスが大きな、大きなバリアになって無理だった
 
朝が来て、KOUに話しかけたけど
眠ったままのKOU

この家で、KOUと過すのは今日で最後・・・



あれっ??
目の充血が良くなってる!!

白目がキレイになって・・・
なんて穏やかな顔なんだろう




不思議なもので・・・


息を引き取ってからも KOUの表情は少しずつ変化した

息を引き取ったその晩、 
会いに来てくださった方には
“ただ、眠ってるだけみたい”と言われたけど

所々赤紫で、傷もいたるところにあり
私には闘ったあとの苦痛が見えた


翌日の4日の夕方、
療育センターのスタッフさんたちが来て
大勢で泣いたり、思い出話で泣き笑いしていると
KOUがフワッと笑ったような表情になって
みんなを和ませてくれた

その晩、お友達や先生が帰った後は
目がキラキラして・・
ちょっと淋しげなように見えた
 
楽しかった学校でのこと、思い出したのかな


だからずっと・・
「もしかすると、目覚めるんじゃないか?」
そう思えてならなかった


でも、午後3時前には家を出なきゃいけない
いつものようにKOUのお出かけ前の支度をした
ジェービングや歯みがき

それができることたげけでも、
こんなに幸せだなんて・・・


朝晩2回剃らないと伸びるひげ
最後まで虫歯のなかったキレイな歯


本当に・・・いつもと変らないのにね



前日に、葬儀社から電話が入った

納棺は自宅ではなく斎場で行いましょう
 
斎場で段取りを整えてくれたらしく
いつものように、車いすで家を出ることになった


もう一度、抱っこしたい !!
棺でなく車いすで この家を出たい !!


私の最後のお願いに葬儀社の方が
いろいろと手配をしてくれたらしい

「湯灌も、納棺も、斎場で行いましょう」と・・・

お別れの時刻が
どんどん近づく・・




昼・・・神奈川から

神奈川からmoguraの妹が来てくれた 
 

福島の両親は、父がヘルニアで動けなくなり
入院することになったため、
通夜・告別式には出席できなくなった

電話口で父が言葉を詰まらせながら誤っていた

「悪いな・・・こんな時に・・・行ってやれなくて」と
 

でも、去年もディズニーシーで会えたし、
今年の夏は、PONKOの東京での発表会のおかげで
両親揃って数日間泊まりに来てくれた

「夏に、最高のKOUと会えたのが・・・本当に・・・良かった」
と、母も何度も何度も言っていた


moguraの親戚は、みんな遠い東北にいるので
妹が代表のつもりで出席してくれたらしい

東京にいて、KOUが赤ちゃんの時は
まだ独身だった妹

HAMUOさんが出張で不在の夜は
応援に泊まりに来て、お風呂に入れてくれて・・・

お祝いのたびに駆けつけては
心から喜んでくれた妹


東京で母子入園や入院があると
休日のたびに様子を見に来てくれたり、

入院の付添いが出来ない時は
妹の家に泊まらせてもらった

moguraとは正反対で子ども嫌いの妹だったけど
KOUが何度も呼吸を止めたり、
入院してがんばる姿を見て、
いろんなことを教わったと・・・

「こんな叔母馬鹿になるとは思わなかった」って・・・




葬儀社のO女史がお手伝いに来てくれた

そろそろ出かける時間

KOUのこと大好きな人が集まったよ
悲しいけど、そろそろ家を出なきゃね

父さんと一緒に抱っこして
車いすに乗ろうね

アルファードで最後のドライブ・・・
出発しなきゃね


ランキングバナーはずっとこのままでお願いします

お 願 い
2つのランキングに参加しています♪
1日1回のバナー押し
↓↓どちらのKOUも押して下さるとうれしいです↓↓
 
2010FC2バナー2010村バナー

theme : 障害児と共に生きる日々
genre : 福祉・ボランティア

愛を込めて…最後の添い寝

前記事⇒
救命センター最後のとき検視を終えて お別れの日が近づく

写真の選択には充分な考慮をしていますが、KOUの死後の写真を
数点掲載しています。
「最後のお別れの様子をずっと記憶しておきたい」、
「お世話になった方にその最後を伝えたい」・・・そういう思いです。
不快な部分もあるかと思いますが、どうぞ静観してくださいませ。



11月4日(木)
 


いつもと同じ朝

この日は療育センターの≪お出かけ体験≫の日だった
KOUも楽しみにしていたのにね・・・
 


息を引き取ってからも
KOUのヒゲは伸びていた

ドライアイスで皮膚が冷やされて
引き締まったんだね・・・でも、嬉しいな


いつものように、朝の支度をした
 ジェービング、
 顔拭き、
 歯みがき・・・
 充血している目には点眼と眼軟膏

KOU、気持ちがいいね
火曜日もデイでお風呂に入れてもらってるから
髪もサラサラだね

だけど、お父さんがね
 「最後にKOUを風呂に入れたかった」
 ・・・って残念そうだったよ



確かめたくて

Sチャンからの連絡や、ブログを見た方が
自宅を訪ねてくれた

昨夜から、本当にたくさん・・・

みんな、
「自分の目で確かめたいから」って・・・

こんなに頑張ってきたKOUを
最後の最後で守りきれなかった母さん

この人たちの中で
もう、KOUは思い出の人・・・
もう、増えることのない思い出・・・




そこにいるだけで

悲しみの中にいた家族だけど
KOUと過ごせる最後の一日は、ゆっくり大切にした

葬儀社のO女史が、 ドライアイス交換に来た時、
折り紙をたくさん持って来てくれた

我が家の本棚の、『折り紙の本』を見たらしい

O女史の素敵な差し入れにみんなが張り切った

 KOUが喜ぶものを、たくさん作ろう!
 KOUに、自分達の思いを伝えよう!
 
 
横たわるKOUの隣に、入れ替わり誰かがやってくる
「横にいると、すごく落ち着く」って・・・
 
「よしっ、ばぁちゃんも何か作るぞぉ~!!」と、
 本を見ながら、ばぁちゃんが犬とカブトを作ってくれた
10110400.jpg 
派手な掛け物だけが異様なだけで、
 KOUは、ただスヤスヤ眠ってるみたいだね



今年のクリスマスはサンタさんに会えないから・・・
 母さん、サンタさんを折ったよ 
10110404.jpg
 
この日、KOUの体には救命処置の跡がたくさん残っていた
 
 目の下の器具で抑えられた傷跡
 歯茎や唇の出血の跡
 白目は乾き、真っ赤に充血していた
 

監察医の先生によると、
「脳性まひの子は、毛細血管が細いから、
 心臓マッサージで強い圧をかけられると、
 毛細血管が切れて、ひどく充血してしまう」・・らしい


KOUの闘いの証が、たくさん残っちゃったね

赤い目のままじゃ、ラクになれない気がするから
昨日から眼軟膏をつけて点眼薬を入れていた

「白くなりますように」と祈りながら・・




ただひたすら、もくもくと・・・

PONKOは、兄ちゃんにお手紙を書いていた
時々手を休めては考え、丁寧に丁寧に・・・
10110401.jpg 


母さんセレクトのメモリアルアルバムを作った
どれも家族との思い出の曲ばかり
娘達がCDを借りてきてくれた

 tomorrow(岡本真夜)
 キセキ、遥か(Greeeen)
 きらきら星変奏曲(モーツァルト)
 ベートーベン交響曲 第7番
 もののけ姫、さんぽ、となりのトトロ
 Monster(嵐)

     
memorialCD.jpg   


義姉親子も仕事を2日も休んで来てくれた
手紙を書いたり・・・苦手なのに折り紙をずっと折って・・・
10110402.jpg 
「天国にはおっちゃんがいるから安心してね」と、
 伯母ちゃんがお手紙を書いてくれたよ

「最後はオムツじゃなくて・・・」って
 パンツも買ってきてくれたんだよ


 最愛の旦那さまを6年前に亡くした義姉
 家族を失う経験をしたから分かり合える痛み
 ポッカリ空いた穴は、とって大きい


昔のKOUのアルバムから、大好きなKOUの写真を
フォトフレームにたくさん追加してくれた

どの写真を見ても「兄ちゃん、かわいいなぁ~」
10110403.jpg 


KOU、見える?
 たくさん折り紙の動物や乗り物が出来たよ

KOUが淋しくないように、みんなが次々と作ってくれたよ
10110501.jpg 

KOUが天国で困らないように、靴も入れておこうね
歩く練習しなかったけど・・・大丈夫かな

10110500.jpg 


KOUの横で眠るのも・・・今夜が最後になっちゃったね
10110502.jpg 

君の手を 愛の手を
  抱いて眠りたい
  あなたがいたから生まれてきたんだ
  夜が明けるまで近くにいよう
 
  君の涙で 僕は目覚める
  今宵の闇へ 君を連れ出す・・・

  僕の記憶がすべて消えても 
  生まれ変わったら また君をさがす
  見かけじゃなくて 心を抱いて
  満月の夜 君を見つけた Monster・・・


録音した『メモリアルアルバム』を聴いていたら
涙が止まらなくなった


夜が明けたら、お別れだね

ねぇ・・・KOUくん

もう つらくない?
もう 痛くない?

母さん、KOUとさよならできるかな 
 


やっぱり、お別れなんてしたくない!!

KOU、朝が来たら目を開けて!

もう一度 大きな瞳を開けて!!

KOUお願い、目を覚まして!!



ランキングバナーはずっとこのままでお願いします


お 願 い
2つのランキングに参加しています♪
1日1回のバナー押し
↓↓どちらのKOUも押して下さるとうれしいです↓↓
 
2010FC2バナー2010村バナー

theme : 障害児と共に生きる日々
genre : 福祉・ボランティア

お別れの日が近づく

前記事⇒ 救命センター最後のとき検視を終えて


11月3日(水)
 夜7時頃



◆葬儀の準備が始まる 

葬儀社のスタッフさんが来られて、
やっとKOUに服を着せてあげることが出来た

 やっと服が着れたね
 

なのに・・・
KOUの体はドライアイスに囲まれて
氷のように冷たくなっていった

 もう、温かくしちゃいけないのか・・・ 

 MOU-chanが呟いた
 「このまま、ずっとドライアイスを交換し続けたらいいのに」
 
 ・・・みんな同じ気持ちだった

KOUはピカピカの眩しい布を掛けられ、枕飾りの準備も整った 
 10110400--.jpg 10110400-.jpg 
         最後の時を忘れないように記録写真を撮りました



◆KOUらしい告別式に!!

KOUを安置した後、式の打ち合わせが始まった
混乱する頭で考えるのは、とっても苦痛だった

それでも打ち合わせは着々と進められている

祭壇のこと、
部屋のこと、
お返しのこと、
町内会に頼むこと、
お寺さんに相談すること・・・

こういう時、ばぁちゃんの存在がとっても心強い
 

宙を見るmoguraに、葬儀社のO女史が話しかけてきた

「本棚には、たくさん絵本がありますね。
 私、読み聞かせボランティアをしてたんですよ」

それから・・・絵本の話になった


学習で使った思い出いっぱいの絵本、
MOU-chanやPONKOが読んでくれた絵本、
一番最後に読んだ絵本



O女史が、思い出の絵本を数冊持ち帰ることになった


打ち合わせは、ほぼ終了して

習慣は気にせず、
 故人さんが喜ぶ告別式にしましょう


2人のスタッフさんが、そう言ってくれた

KOUが喜ぶ告別式・・・
なにをすればいいかなぁ



◆お別れは・・ゆっくりしよう

お寺からもOKが出たので、
通夜は翌日の木曜ではなく金曜日に延期した

あまりにも突然のことだったから
みんなで、ゆっくりお別れがしたいから

心を込めて・・・


とても不思議なことに
KOUの最後の日は
偶然、家族全員が揃っていた

単身赴任で不在のはずのHAMUOさんが、
 たまたま、予定を変更して火曜日は内勤だった


風邪がもう一歩治りきらないMOU-chanも
 用心のため、火曜と水曜は部活を休むことにしていた


PONKOもバスケの遠征のハズだったのに
 頭痛が多くて、お疲れ気味だからと欠席していた


ほとんどお休みなどしない人たちが偶然にも家にいた

みんながいる日を選んでの旅立ち

しかも、11月3日文化の日

 平和主義・国民主義・基本的人権を宣言した新憲法に基づいて
 記念日になった「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」

 「KOUの人生を豊かに過させたい」と、
 そう願って生きてきた私に対する・・・答え?
 
 KOUが、この日を選んだ?


KOUを助けることができなかった思いと
最後の日にまでメッセージが込められているような思い

うずまき線香の煙を見ながら、
KOUの顔をなでていると、そんないろんな思いが頭をよぎる


ランキングバナーはずっとこのままでお願いします

お 願 い
2つのランキングに参加しています♪
1日1回のバナー押し
↓↓どちらのKOUも押して下さるとうれしいです↓↓
 
2010FC2バナー2010村バナー

theme : 障害児と共に生きる日々
genre : 福祉・ボランティア

検視を終えて

前記事⇒救命センター最後のとき 


11月3日(水) 午後1時頃

祭日のこの日も、デイへお風呂に行く予定だった

朝、病院から断りの電話をしたのに、
昼には訃報を伝えることになるなんて・・・

 いつもなら、サッパリして家に帰っている時間だね

電話口では、お世話になっている看護師さんが 
声を抑えて泣いていた

「昨日は、あんなに元気だったのに・・・」



◆霊安室にて

「入院の連絡」を待っていた家族が
HAMUOさんからの知らせを受けて飛んできた

霊安室での再会なんて・・・

 新しくて明るい部屋だったのが、
 せめてもの救いだね


ばぁちゃんが、KOUの名前を何度も呼び
じぃちゃんも、KOUの顔をなでて
MOU-chanやPONKOは、ただその場に立ちすくみ

みんなが変わり果てたKOUを見て泣いていた



◆病院を出る

しばらくすると警察官が入ってきて
KOUには検視 が必要だと言われた

病院に着いてまもなくの死亡
搬送は救急車でなく自家用車 


KOUは「変死体」とされ事件性を調べる必要があるらしい

都心にいる検視官が到着するまで約4時間

病院側から、「長時間、霊安室をお貸しできない」と言われ
警察署に移動することになった


KOUを乗せた警察署の大きな古いバンのあとを
主のいない車イスを乗せたアルファードで追走した 


 処置のためパジャマを切られたから、
 KOUはオムツのまま

 入院のために持参した毛布にくるまれて・・・
 
 どうか、静かに運転してください
  


KOUのあとを追いながら
車の中で、Sチャンだけにメールを送った

・・・KOUが 昼前に息をひきとりました・・・

1人に送るのがやっとだった
突然のことに絶叫して泣いてたSチャンが
他へは自分が連絡をするからいいと言ってくれた

 ありがとう・・・助かったよ




◆警察署の検視室

検視が済むまで家族はKOUに会えなかった

外を見ると、
雨が降っていた  

きっと、KOUが泣いているんだ

 今までひとりぼっちになったことがないのに
 寒い部屋で淋しかったね・・KOU


検視官を待つ間、
KOUをひとり置いて警察署の車で家に向かった
生活の様子を写真に残すために・・・



◆自宅で・・・ 

車の中で、必死にHAMUOさんが警察官に言った
「自分達は息子を大事にしていた」と

 だけど・・・母さんは誰かに裁かれたい気分だったよ


家に着くと、訃報を聞いたHAMUOさんの姉と
妹さん夫婦が待っていた

みんな、あまりにも急な出来事に困惑して 
肩を抱いて泣いてくれた




警察官が2人で調書と撮影をしていた
「KOUがどういう生活をしていたか」

家の外回りや寝室、
最後に過したリビングの畳み座など
数箇所の写真を撮り終えて、
ふたたびHAMUOさんだけを乗せて警察署にもどった


残った家族でKOUを迎える準備をすることにした

 こんなに悲しい掃除・・・母さん、初めてだよ




◆検視を終えて 

午後6時前

家を出てから8時間ほどが経ち
やっとKOUとHAMUOさんが帰ってきた

検視の話と死亡検案書を見た

検視官と監察医(地域の医師)が出した死因は・・・

「消化管穿孔(せんこう)」 による「急性循環不全」

腸に穴が開いてから数時間で死亡・・という
病院のドクターと同じ推定だった


 

◆カウントダウン始まる

義理の兄のときにお世話になった葬儀社に連絡をした 
 
男女1人ずつのスタッフが来られて、
KOUとのお別れの準備が始まった





ランキングバナーはずっとこのままでお願いします

お 願 い
2つのランキングに参加しています♪
1日1回のバナー押し
↓↓どちらのKOUも押して下さるとうれしいです↓↓
 
2010FC2バナー2010村バナー

theme : 障害児と共に生きる日々
genre : 福祉・ボランティア

最後のとき

救命センターつづき



11月3日 文化の日でお休み

am11:40~50頃

この前後の記憶は
どの場面でどんな説明をされたか…

しか覚えておらず、

どういう順番で説明されたかを
全く覚えていない

思い出せるのは断片的な記憶



診察室で医師から、
沈痛な面持ちで
そして、とても慎重な言葉で

次々と説明があった



処置が行われている付近のデスクには、
KOUのレントゲン写真

肺には、まったく影はなかったのに、

胃のあたりまで空気のかたまりが占拠していた



KOUの血液検査のデータの一つを指差し

「この数値は
 …すでに死んでいる人の数値です」

あれは、白血球数だったのかな
4桁か5桁の、とても大きな数字だった



診察室の中では、

脳にも気管にも問題はなく
異変は腸に起きていたと告げられた


腸の一部分が捻れるか詰まったため、

腸壁が壊死し破裂して、体内に腸液やガスが充満し
 
結果、バクテリアが繁殖して細菌感染を起こし

ショック状態=「急性循環不全」を起こした 


そんな推定だった


それは・・・

過去数回のイレウス(腸閉塞)が影響しているだろうと


二度とイレウスを起こさないように
大建中湯を投与して、
注入の前にはお腹のマッサージをして
しっかりガスを出して・・・

最近は、便も2日に一回は出すようにしていたのに

いつもお腹と気管は、とくに注意していたのに

もう13年も順調だったのに

デイでも療育センターでも
冷え”には注意してもらってたのに

最近、冷えて帰ってくることも多くて
消化が悪いことを注意してたのに…



あの、持続的なしゃくりあげの呼吸

あれを、横隔膜や気管カニューレの先の
ケイレンなのかと思いつつ

お腹の様子も確認したけど
イレウスの時のように痛がることもなく

“苦しさ” を伝えてると思っていた



サチュレーションは安定してるし
「悪寒?」と感じた時期の受診はシンドイからと
いつのように朝を待って受診しようと構えていた


KOUの訴えが

“もしや痛み?”

そう思ったのは、
受診1時間前ぐらいのことだった




「早く受診していたらKOUは助かったんですか?」

そう聞くと


「普段見ておられるお母さんが分からないのに
 僕たちが息子さんの異変を見抜けたかは…
 自信がありません」

と、医師は首を振った



「お腹を強めにマッサージをしたから破裂したんですか?」

「プロのボクサーが思いっきり殴るなどしなければ、
柔らかくて弾力のある腸管が破れることはないです」

そう断言された



そして、

静脈からCVチューブを入れようとしたとたん

突然、KOUの心臓が止まったと告げられた

今、懸命に救命している最中だと…



目の前が真っ暗になった



「心臓が戻れば…
 またKOUの笑顔を見れますか?」



医師は
「もう心停止から30分が経過しています」

「えっ・・・30分も・・・」


そして、大きく息を飲み込んで…

「たぶん…笑顔はもう見れないと思います
 万が一助かっても、
 脳にはさらに大きな障害が残るでしょう」と



もう・・・

何が何だか分からない

自然に涙があふれ

体が震えた




「KOUは痛かったんでしょうか?」

「腸に異変が起きて壊死するまで通常6時間、
 腸壁が破裂した後はショック状態になっています
 たぶん、一番痛いときには意識も無かったと…」


「KOUに会わせてください」と頼むと

「かなり辛い状態ですが・・・覚悟できますか?」



「今まで何度も最悪の状態を見ています」

「では…KOUくんに会ってください」


HAMUOさんと一緒にKOUのところに行った

処置台では医師が交代で心臓マッサージをしていた
何度かAED(自動体外式除細動器)も使ったらしい



最初に息を止めた赤ちゃんの時のように
KOUの身体は赤紫になっていた



医師が手を止めると
モニターの波形はフラットになり

またマッサージを始めると 波形が動く



ずっと鳴っていたのは
この心拍アラームだったんだ

病院に来て1時間ちょっとで
心臓が止まってたんだ

私たちが廊下で
「早く点滴が入るといいな」
「腸液はシッカリ出してもらってるかな」
「呼吸は戻ったかな」

そんなことを考えていた時に…



処置台のKOUに向かって

いくら名前を呼んでも

いくら「戻ってきて」と叫んでも

もう、KOUには届かなかった


ごめんね

ごめんね

ついには、その言葉しか出なかった



何分ぐらい居たのかは分からない

医師から、ついに
「このまま続けても・・・」と告げられ

KOUの最後の瞬間を2人で見守るしかなかった


11月3日 午後0時 死亡確認
 



腸が閉塞して腸への血流ができなくなると、嵌頓と呼ばれる状態になる。・・嵌頓は、腸壁の弱い部分から腸の一部が飛び出して元に戻らなくなったり、腸が捻じれたり、腸が別の腸管の中にのめりこんだりすることから起こる。いずれの状態も6時間位経つと腸が壊疽を起こす。壊疽が生じると、腸壁が壊死して腸の破裂や腹膜炎、感染症へと進行する。こうなった場合は、適切な治療を受けないと死に至る。 腸閉塞は一般的に、腹部にけいれん性の痛みがあり、腹部膨満と食欲不振を伴う。痛みは激しく切れ目なく続く。嘔吐もよく起こるが、小腸の閉塞と比べると、大腸の閉塞で嘔吐はすぐには起きない。腸が完全に閉塞すると重い便秘になるが、閉塞が一部だと下痢が起きやすくなる。腸が破裂すると、急速に重度の炎症や感染症に至り、ショック状態に陥る。 


ランキングバナーはずっとこのままでお願いします

お 願 い
2つのランキングに参加しています♪
1日1回のバナー押し
↓↓どちらのKOUも押して下さるとうれしいです↓↓
 
2010FC2バナー2010村バナー

theme : 障害児と共に生きる日々
genre : 福祉・ボランティア

救命センター

11月3日(水)  文化の日で休み

深夜まで、
HAMUOさんと交代でKOUを抱っこしていた
抱っこだと少し落ち着いてくれるから・・・

それでも、HAMUOさんには寝室で寝てもらい
moguraはKOUとリビングの畳み座で
手をつないで横になった

KOUの訴えがすぐ伝わるように・・・
KOUの呼吸がよく聴こえるように・・・



am5:00頃  

ダイアップが効いたのか、緊張が弱くなり入眠

SPO2はそんなに低くないのに継続的なしゃくりあげ

風邪症状も全くないのに
喘鳴もないから喘息でもないし・・・

気管カニューレの先に肉芽でも出来たのかな



KOUの通常のバイタルは、
看護師さんにも驚かれるほど 幅が大きい

爆睡すれば脈は50台を切る事もあり、
興奮状態では150台など一気に上昇

脈以外にも、サチュレーションも体温も・・・

だから、<異常な状態が継続する時>以外は
<普通>でした

小児科時代の主治医も、
「慌てて受診しないほうがいい」と言っていたほど



am8:00~9:00
 
KOUの状態を見ながら入院準備

発汗が多いし、脱水にならないように、
注入(夜10時~朝7時)を 終えてから受診することに

それに、脱水状態じゃ点滴のルート確保できないし・・・
 

娘たちを起こして、
心配して来てくれたバァちゃんにKOUを頼み
HAMUOさんと手分けして入院準備

病院に電話をして状態を事前に報告



サチュレーションが計れず、アラームが鳴りっ放し
KOUの発汗がひどく体温が35度台に
 
低体温や脈が弱くて計れないんだ

家の血圧計じゃ、KOUの血圧計れないし・・・

とにかく、急いで連れていかないと




家を出る前に、もう一度お腹の確認

お腹を押すと、

KOUが力を入れて痛がった


昨日は、デイでも夕方は尿が出ないと・・・
朝もやっと100ccほどだし・・・

マッサージして「お腹痛くない?」って聞いても
全然痛そうなそぶりは見せなかったのに・・・

パンパンのお腹でも、そっと押すだけで
気持ち良いぐらいたくさん出るのに・・・

いつもなら・・・




もしかして!!!


原因は気道じゃなくて、お腹??


病院に行くために、車イスに乗せようとすると、
KOUが口いっぱいに泡を吹いている

顔色が急激に悪くなった

家族がみんな心配そうに見送ってくれた



am10:00頃

救急外来に行き10分もせずに処置室へ


KOUがベッドに寝かせられたとたん、
医師とナースがサッと集まり処置が始まった

血圧が低くてルートが取れないな」と、医師の緊迫した声

ルートを取るために数名の医師がKOUの手足をチェック

お母さん、パジャマ切りますね」とナース



親は部屋から出るように言われ

気道かお腹に原因があるはずです!!

それだけ伝えて廊下で待つことにした


処置室から廊下まで、アラーム音がずっと響いていた



am10:20頃

医師を捕まえ状態を聞く

今、酸素を使ってサチュレーションは100近くあります

よかった・・・

でも、血圧が低過ぎてルートが取れなくて・・・
ルートが取れないとCTも撮りに行けません



KOUは、昔から体調が悪いと血管が収縮して
点滴のルート探しはいつも難航してた

クネクネ曲がった細い血管ばかりだから
新生児担当の医師が借り出されることも多かった


点滴のルートが取れたら何とかなるのに!!

いっぱい針を刺されて嫌がって息止めてないかな?
一人で不安だろうな・・・

10年以上、こんな救急処置してないのに
傍で手も握ってあげられないなんて・・・

あ~、今すぐカーテンの向こうに行ってあげたい!!


am10:30頃

受付のナースが、
「小児用CVチューブありませんか
と、中材に電話で問い合わせているらしい

CVチューブって何だっけ・・・
導尿のカテーテルのことだっけ

CV・・・

聞いたことあるのに、
何だっけ、
思い出せない



アラーム音の鳴り止む時間が出てきた


あのアラーム音はなんだろう・・・



am11:00~11:30頃

説明もないので、
居ても立ってもいられず
今の状況を近くの医師に尋ねてみた

すると、
血圧が下がりすぎて点滴が取れないんです
悪いですけど、太い血管から行きますので!!


あっ、CVカテーテルって
中心静脈カテーテルのことだ!!

とにかく、何でもいいから、早く点滴入れて!!
急いで、お腹と気管の検査をして!!


そうこうしていると・・・

処置している部屋の奥から
青い作業服を来た人が入ってきた


「HAMUOさん、何か機械が入ったのかなぁ
エコー(超音波)の機械はカーテンの外だし・・・
それにあの人たち、レントゲン技師じゃないわ




am11:40~50頃
医師から「説明がしたい」と声がかかる

点滴が入って、病棟に行くのかな

そんなふうに思っていた私たち2人が聞いた説明は・・・




ランキングバナーはずっとこのままでお願いします

お 願 い
2つのランキングに参加しています♪
1日1回のバナー押し
↓↓どちらのKOUも押して下さるとうれしいです↓↓
 
2010FC2バナー2010村バナー

theme : 医療
genre : 福祉・ボランティア

回想の前に

朝起きるたびに
まだKOUを探しています

悪夢じゃないかと思うけど
祭壇の前には笑顔のKOUの写真

これは現実…


何度もパソコンに向かいながら
ブログ更新できない日が続きました


―あまりにも突然すぎるKOUとの別れ―


まだ納得できない自分がいます

自分を許せないもう一人の私がいます


“後悔しないように”と、生活していたのに…

今の心中には後悔だけが渦巻いて…


辛かったのはKOU、
苦しかったのはKOU、
淋しかったのはKOU、
がんばったのはKOUです

私ではありません


私はKOUを育てられて幸せでした
感謝の気持ちしかありません

KOUがいたから娘たちは優しい子に育ちました
家族もKOUを中心につながり合えました

KOUの周りには笑顔の人しかいませんでした
普通の家族にはない幸福感を味わいながら
私たち家族は、毎日がとても充実していました


この思いはKOUに返せていたかな
この愛はKOUに伝わっていたかな
KOUの気持ちどれだけ受け止められたかな
母さんの子でよかった…そう思ってくれたかな


こんな、答えのない自問自答ばかりしています




自分の愚かさも
安直さも含め、

KOUの最期を
これから少しずつブログに残そうと思います


読まれる方には、
不快な思いを与えるかもしれません

どんなご意見も受け止めるつもりです

特に、医療従事者の方には
率直なご意見などいただければと思います


ランキングバナーはずっとこのままでお願いします

お 願 い
2つのランキングに参加しています♪
1日1回のバナー押し
↓↓どちらのKOUも押して下さるとうれしいです↓↓
 
2010FC2バナー2010村バナー

theme : 障害児と共に生きる日々
genre : 福祉・ボランティア

KOU、永眠

突然のことで

頭の中がまだ真っ白です

11月3日 文化の日 昼前

心臓停止後 30分の蘇生を行いましたが

KOUは永眠しました


しばらくの間

ブログの更新はできません

いつもご訪問いただきましたみなさま

また心が落ち着きましたら

ご報告させていただきます


by.mogura 

theme : 障害児と共に生きる日々
genre : 福祉・ボランティア

いったい何と闘ってるの!?

火曜日、デイでは「穏やかに過せました」と帰宅したKOU

でも、帰ってから緊張が強くて
手をギュッと縮めて、目は上方!!

『眠くなる前の筋緊張かな?』と気になりつつも
バァちゃんにKOUを見ててもらい、PONKOを送りに!!
10110208.jpg10110207.jpg
「ハロウィンパーティのあとピアノのお勉強(楽典)なの」


戻ってから、いろいろと様子を見ていたら
体が冷えて来て、筋緊張が一層強くなり

まるで「呼吸を止めた後、回復するまで」の
しゃくり上げる感じの呼吸がずーっと続いた

意識も朦朧として
ただ事ではない感じなので
HAMUOさんに連絡して急いで帰ってきてもらった

(運良く内勤)


何が原因なのか…
カニューレも詰まってないし、
お腹のガスもそれほどたまってないし、
痰もひけない…

なのに、なんだろう
この、呼吸のしづらさは…!!


悪寒かな?…と、温めると発汗があり

1時間ほどで 37.1→38.0→36.6 …本当になんだろう?


HAMUOさんが帰ってきたのでPONKOの送迎を任せて

考えられることをいろいろ試しました


-----以下、覚書-----

うつ伏せで、排痰と緊張緩和と呼吸改善
10110201.jpg
SPO2は、しゃくり上げ呼吸のおかげで
95~98%と、悪くない

うつ伏せでも頭が上がる程の強いしゃくり上げ
まるで泣き入りひきつけのよう
10110200.jpg

夕方5時過ぎから9時まで経っても、
状態は改善せずに眠剤代わりに

pm9:15 ダイアップ使用

15分ほどで落ち着くが、依然 軽いしゃくり上げ継続
体温は薬が効いているせいか35度台→加温
汗はひき、顔面やや蒼白


「眠れば落ち着くかも」と期待をしたが…


深夜4時、

ふたたび薬が効れたのか
強いしゃくり上げ呼吸となる

とても苦しそう

それでも、SPO2は90%そこそこ

しゃくり上げるような呼吸と一緒に
鼻翼が膨らみ、口からも空気を吸っているため
お腹はパンパンになっている

夕方から尿も出てないので、
(その代わりに汗が異常に出た)

腹部マッサージでガスと尿を出す

思ったほど出ない

am4:30 ふたたびダイアップ使用

20分後、しゃくり上げも軽くなり入眠
10110206.jpg

-----------

やっぱり、この持続的なしゃくり上げは異常です

祝日で担当医がいないかもしれないけど
朝が来たら受診しようと思います

KOUを苦しめる原因

つきとめなくちゃ!!


いつも応援していただきありがとうございます

お 願 い
2つのランキングに参加しています♪
1日1回のバナー押し
↓↓どちらのKOUも押して下さるとうれしいです↓↓
 
2010FC2バナー2010村バナー

theme : 在宅介護
genre : 福祉・ボランティア

これでも大進歩なのです

日曜日、ケイレンして食べられなかった
かぼちゃのムース

10103100.jpg 

月曜日の夜に食べました

10110203.jpg 
大好物のかぼちゃとチョコが
いろいろと姿を代えて・・・

もちろん完食です
10110204.jpg 

足りない分は、みんなと同じ かす汁を
ハンドプレンダーでガーッとやって、注入

10110205.jpg 
家族で同じものがいただけるって・・本当に幸せ


昼も夕方もお食事+流動食にしたから、

気になるのは消化

今朝、胃液をチェックしたら・・・

まだチョコらしきものがたくさん


やっぱり、1日2食はKOUには多いかな
もう少し時間をかけてボチボチいこか


昨日の空、曇天に虹が出てたよっ
10110202.jpg 
希望の光だね

さ~て、今日も1日ガンバロー



いつも応援していただきありがとうございます

お 願 い
2つのランキングに参加しています♪
1日1回のバナー押し
↓↓どちらのKOUも押して下さるとうれしいです↓↓ 
 
 
 
2010FC2バナー2010村バナー

theme : 在宅介護
genre : 福祉・ボランティア

はろうぃぃぃぃぃん

今年のハロウィーンは、みんなが揃わないし

夜、ケーキを食べるだけの簡単なものに!!


手前のかぼちゃムースはKOU
PONKOはチョコケーキ、
HAMUOさんはレアチーズ、
MOU-chanとmoguraは モンブラン・・・ですって
10103100.jpg 

風邪はKOUもmoguraも回復して(はり返しだけ)
PONKOも用心の甲斐あって、ほぼ回復

HAMUOさんは夜中に2回も吐いたけど、
よくあることなので、風邪かどうか分かりません(笑)
でも、お疲れ気味なんでしょうきっと・・


6時過ぎ部活から戻ったMOU-chanが、
何だか変!
いつもより変!!


ケーキを楽しみにしてたのに
喉が痛くて、鼻が出て、ケーキ食べたくない」って
ありゃりゃ~



みんなが用事をしている間、
KOUは待ちくたびれて眠くなり・・・

10103101.jpg 
ついにケイレンきちゃった

で、ケーキも食べずに寝ちゃった



MOU-chanも、微熱があって寝るし・・・


それでも、やりましたよハロウィーン

4人で


PONKOチョイスの変装グッズをくじ引きして
10103102.jpg 
PONKOはバニーで、moguraはばけ猫(笑) 
HAMUOさんは、魔女じゃなくて・・・それじゃ猫だよ
10103103.jpg
あ~、KOUくん白目で残念(○_○) 


まぁ、こんな年もありますね

明日は、MOU-chanもKOUも
回復してくれるといいなぁ


みなさんも、暖かくして風邪にはご用心


いつも応援していただきありがとうございます

お 願 い
2つのランキングに参加しています♪
1日1回のバナー押し
↓↓どちらのKOUも押して下さるとうれしいです↓↓
 
2010FC2バナー2010村バナー

theme : 障害児と共に生きる日々
genre : 福祉・ボランティア

最近の記事

記事へのコメント

ブログ内検索

カテゴリー

以下のカテゴリーから探し難い時は「ブログ内検索」を!

ブログパーツ

解析:2010年6月3日~

mogura宛メール

【SEND ME MAIL】をクリック♪

★伝言板★

2015/7月
全く更新もないのに見に来て下さってありがたいです。
さらにコメントまで…
逢えない時間が長くなるにつれ私は情緒不安定(笑)!
でも!今は…!
障害者施設で働いているんですよ!✌
もうすぐお盆です!今年こそは夢でKOUと逢いたいなぁ。
-- E N D --
.
.

ブログ村ランキング

どれでも、ポチっと♪
にほんブログ村 病気ブログ 先天性の病気へ
にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ
にほんブログ村 子育てブログ 障がい児育児へ

FC2ブログランキング

こちらもポチっと♪

FC2Blog Ranking

FC2カウンター

カレンダー

10 | 2010/11 | 12
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

プロフィール

mogura

Author:mogura
夫  :HAMUO
妻  :mogura(管理人)
長男:KOU★享年21歳
 2010年11月3日(水)永眠
 療育センター(週3)
 デイサービス(週1)
 生活介護事業所さんにも
 お世話になっていました
長女:MOU-chan☆大4
次女:PONKO☆高2
うさぎのラッキー♂
  2005年11月生まれ
    
HAMUOさんの両親と6人家族ですが、2015年現在 MOU-chan(大学生)とHAMUOさん(単身赴任)は京都暮らし。

2015年更新

リ ン ク ♪

お役立てください

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
福祉・ボランティア
63位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
介護
28位
アクセスランキングを見る>>

電力使用状況&電気予報

月別アーカイブ

01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12 

最近のトラックバック

RSSフィード

QRコード

↓携帯へURLを送信
QR_Code.jpg
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。