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1989.5.20-2010.11.3 

KOU、21歳で永眠
大切なことをたくさん教えてくれたKOU
KOUがいなくなってから4ヶ月目の'11年3月末…
東日本大震災で被災した福島の両親がやって来て
7ヶ月間、一緒に暮らしていました
'11年10月末のKOUの一周忌を機に
我が家の近所にお引越し☆

両親がいる間に、moguraはヘルパーの資格を取り
高齢者施設に就職できました
KOUが見守ってくれていたようです

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KOUが生まれてからの友達関係

すみません、今日の記事長いです

先日、こんなコメント(非公開)をいただきました

初めてコメントさせて頂きます。
(中略)娘の誕生後、親友だと思っていた友人が・・・
(中略)一度も娘に会いにきてくれません(;_;) 
勇気つけてくれることも多々あったので信頼していたのに。
今、かなり落ち込んでます。
(中略)娘の状況を理解してもらおうと思ったのが間違いだったのでしょうか?
とっても寂しい気分になりました。
(中略)moguraさんはkouくんの誕生から お友達関係変わったりしましたか?


障害を持って生まれたお嬢さんをお友達が避けているようだと・・・
問題が深いだけに、お時間をいただき記事にすることにしました


まず自分の場合・・・

KOUと数ヶ月違いの赤ちゃんが周りにはたくさんいて
未熟児で生まれた抵抗力のない子だからという気持ちに被せて
同時期に生まれた子と比べられるのを避けてる自分がいました  

コメントを下さったかたは、お友達に理解してもらおうと
前向きに過ごして素晴らしいと思います

 それに比べて・・・
情けないですねぇ~自分


過去記事からいくつか抜粋してみました
  
会社の同僚の子にはじめて会った時の記事です 
 『笑った!…生後2ヶ月』より
     
お友達の出産祝いへ
(病院以外の初めての遠出) 

89091700.jpg 89001701.jpg
KOUより3ヵ月遅れで生まれたお友達のベビーちゃん(右)と …ほぼ同じ!!

このmoguraにも「健常児を見るのは辛い」気持ちはありました。(一応ね) 

でも、ふと思ったんです。 

「うちの子は障害児だから・・・」と悲観したり、人に隠したり避ける事って、
KOUの存在を否定することなんだな~、 がんばってるKOUに失礼だなって。

自分の中のそんな思いを払拭しようと、できるだけ元気な赤ちゃんの成長を
目を伏せずに見て、そして喜べる人間になりたいと思いました。

誰にだって子どもは宝物。
子どもを思う気持ちは同じなんですものね・・・。

(その後、この仲間たちはKOUの成長をずっと見守り続けてくれました。
 逃げたり避けたりしなくて、本当に良かったです。)



その友達のひとりは・・・
KOUもMOU-chanも同じように接してくれました
      
moguraの友達家族467が 横浜から遊びに来てくれたよ 448355 
遠い所から来てくれてすごく嬉しかったなぁ~266 
5t94092.jpg 




3ヶ月早く生まれた友達の子のことを書いた記事 さよなら東京』より
      
KOUより3ヶ月早く生まれた幼なじみのDくんが・・・276トコトコ

Dくん 「あいあい(バイバイのつもり)」
KOUの頭をナデナデ・・・ 463
90072801.jpg
KOU 「・・・2・・・415

DくんのナデナデでKOU257笑顔に266
90072802.jpg
Dくんは、mogura高校の同級生の子なんです。
ほぼ同時にマタニティーライフを過ごし、友達は元気なDくんを授かり
数ヶ月遅れでmoguraKOUを出産しました。  


同じ頃に生まれた元気な子を見ること・・・ 
 
やっぱり最初はどこかで避けていたと思います。 
265辛かったですもん。 

元気に成長するDくんと、入退院の繰り返しの生活を送るKOU

「○○が出来るようになった!」と成長していく子と
「○○の問題が出てきた」と困難な状況が増えていく子・・・ 

 
でも、
「KOUに会いたい」って言ってくれる人を避けちゃいけない!

そう思って、最初は比べっこをして、心の中ですごい葛藤を繰り返しながら
少しずついろんな邪魔な思いを取り払って付き合い続けました。

とにかく、次々と他の友達も子どもを出産していったので、
慣れたのもあるかもしれません。

でも、そうやって
KOUを見守ってくれた友達がたくさんいて、私達を心配して
くれていたことに気づいた時、その暖かい気持ちに感謝していました。 

避けなくて良かった419 
 
KOUDくんにこんな笑顔をもらえたんだものね420





東京を離れるとき、HAMUOさんとmoguraの友達が
 引越しを手伝って、大勢で駅まで見送りに来てくれました
   
 「KOUくん、大きくなるんだよ・・・元気でがんばってね」って 
       
341横浜駅にて●
90072803.jpg 




引っ越した後に、3回の母子入園(東京)のときも、
参観日に参加してくれたり、訓練を見学してくれたり・・・
ホントに毎回、いろんな友達が来てくれました

     
9509心理 
平日にお友達が来てくれて、心理の時間に参加してくれました
「輪っかの引っ張りっこをしましょう」って454
先生の巧みな話術で、みんな上手に関わってくれるんです
このお友達は、今もヘルパーとしてがんばってるんですよ



引っ越すまでは、本当に友達に救われたmoguraです

引っ越してからは、地域性もあって
遠巻きでKOUを見られることも多く
なかなか友達もできませんでした

障害者や病気の人と触れ合った経験がない人には
尻込みされる場合もあったんです 
 
でも、KOUを見て固まる人の中には
どう接していいかわからないだけの人や、

自分がヘタに関わる事で私を傷つけないかと
そっちを気にしていた人もいて、 数年の時間を経て
「KOUくん元気?」と、気にかけてくれていたことを知りました


人の感情は、月日の流れで変わったり
浄化されることがあります

親友だと思っていただけにショックも大きいですよね

今は、避けられているような感じがあっても
それには訳があるのかもしれませんよ
ちょっとだけ待ってみてください

万が一、お友達の心がもっと離れたとしても
新たに素敵な出会いだってあるかもしれません

KOUを生んで思ったことは、
KOUのおかげで素敵な人と巡り会えた」ということです

その場かぎりの損得勘定の含まれた人間関係にうんざりして、
本心では付き合いたくないのに無理して付き合ってる・・・
健常児のママ達にも、そんな悩みが多いんですよ

何が不幸で幸せかなんてわからない

そう・・・

じんかんばんじさいおうがうま
人間万事塞翁が馬 です意味
この言葉、好き♪

不幸と思われたことが幸となることもあります

きっと、娘さんとたくさん笑って過ごしていたら
素敵な出会いも舞い込んでくるんじゃないかな
私は、そう思います

長文の記事、読んでくださってありがとう

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地域もイキイキ

KOUを中心に、家族の歴史を時々思い出したように掲載中
KOUのおいたち(一覧)にも、家族の歴史がギッシリ!!  

前回までの≪親の会編≫に続き、
今回は番外編で当時の地域のことを…


1998~2002年


親の会が出来て、moguraが編集をしていた
「お役立ち情報・見学レポート・メンバーの生活や思いを載せた
年6回発行の通信誌」   年間購読料

購読者 約100名・・・

親戚・友人の他に、関心を持ってくださる一般の方、
地域のPT・保健師・教員・施設の方etc....


会が出来た(通信誌を読んでいただいた)ことで、
地域にいろんな輪が広がって・・・

障害児の生活の様子を発信したつもりが、

反対に、
思いもかけないところから <発信する機会>をいただきました


ある時は、

看護学校の勉強会に親子3組が招かれ、

学生さんたちの前で、
医療的ケアが必要な子たちの在宅介護の様子を紹介しました



またある時は、保健所からの依頼で

看護協会の在宅生活支援シンポジウム
KOUの担任と一緒にパネラー参加したり・・・
01021700.jpg 01021701.jpg
当時、定期的にヘルパーさんがお風呂介助に入ってたので
そんな生活を紹介しつつ、今後の在宅支援の課題などを発信しました
 
保健・福祉・医療・教育の関係者が多数参加した大きなシンポでした  


  
   

親の会が出来る前から、
養護学校の先生中心で毎年開催されていた重症児のための研修会
重症児の生活に密接な勉強ばかりで、いろんな事を学びました

時には、重症児でも気楽に参加できるコンサートなどもありました
01071503.jpg  
  
学校の音楽の先生のお仲間が中心に・・丁寧で楽しい工夫をしてくれて・・
01071502.jpg 
家族揃って楽しい時間が過ごせました
01071501.jpg 
声もキレイなお姉さんに、KOUもHAMUOさんもニコニコ(笑)

  

 
親の会の活動を通して、いろんな方面の方と出会い、

「考えていても、方法が見つからなかっただけの人」

「何かしたいと思っても、
どこにどんな人がいるのかわからず、思いを届けられなかった人」

そんな温かな思いを持った方がたくさんいたことを知りました




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期間限定の種まき活動

KOUを中心に、家族の歴史を時々思い出したように掲載してます
KOUのおいたち(一覧)にも、家族の歴史がギッシリ!! 

 
今回は・・・地域に出来た小さな親の会「いまだ!活動開始!」 の続きからデス 


≪親の会・編≫ 1998~2002年 結成準備~停止まで
    KOU 9~13歳、MOU-chan 4~9歳、PONKO 0~4歳の頃


何もない地域に生まれた親の会は、それはそれはとっても楽しくて
温かい協力者のおかげで、とっても有意義な活動になりました


ただ、まだ体調の安定してなかったKOUをふくめ、
3人の子育て中のmoguraにはかなりの負担・・・


会の準備に必死だった頃、
生まれて初めてぜん息で呼吸困難になって入院したり・・・
・・・moguraが 

もともと病弱だったので、KOUと交互に熱やらぜん息やら・・・

'99 10歳 KOUぜん息様気管支炎で入院  (闘病記あり
 


そんな生活を支えてくれたのが家族・・・

義両親も保育園児のMOU-chanの送迎をしてくれたり
ときにはこんなことも・・・

枕元に置かれたメモ
99102201.jpg PONKOちゃんに

 ふくきせてあるからね

 MOU-chanは、

 もうほいくえんに

 いってるからね。

親の会の通信誌作り、各機関への連絡・調整などで
会の仕事は寝る間もないほどでした

朝方に眠った私を起さないように、PONKOの服を着替えさせて、
お父さんの用意してくれたご飯を食べて、ひとりで歯みがきして
保育園に連れて行ってもらったMOU-chan(当時5歳)


その優しさに感動して、罪悪感を感じつつも
今しなければいけない事をするしかなかったんです


夜遅くまでパソコンでお仕事をしているとPONKOが起きてしまい、
PONKOが起きると、KOUが起きて・・・

この頃から、一緒に過ごすことの多い3人でした(笑)


じつは、この時期の生活がブログタイトルの由来なんですエヘ
みんなが寝静まった暗い時間に必死で活動していた生活

(今も変わってないけどねぇ・・・(´∀`○).:+)

大変だったけど、この時があったから今がある
今の自分には大切な、忘れられない時期なんです


本当にモグラの生態を検索された方にはご迷惑をかけてます(笑)





でも、そろそろ限界・・・

年間購読してもらっていた会報も100部ほど配布するように
通信_0025 


ただ、最初から

在宅支援のない僻地で
重症児をかかえての生活をしていた私たちだから
「数年間の期間限定」でガンバローと言っていました


半分以上のお友達をお空に見送り、
先進地へと引っ越していった友達を見送り、

・・・残されたのは

出産に挑むことになったSちゃんちと、
バリアフリーの家づくりに忙しくなりそうなうちの家族

・・の、2家族 
本当にショックだったな 
 

楽しかった思い出を大切にして、
地域に他の動きが出始めたのを機に思い切って活動を終えました


つづく・・・


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いまだ!活動開始!

≪親の会・編≫      

1999年 親の会始動の年  
            KOU10~11歳 小4・5(訪問教育時代)


福祉制度も整ってないうえに
一般病院での障害児者の訓練が病院の方針で受けにくくなり、

本当に何もない、見放された地域となった



頼みの綱の 京阪神の療育園の利用も制限され、

地域にやっとできた 就学前の集団保育事業所も
約束だった<訓練は中学生まで利用>が
何の連絡もなく切られてしまった


KOUの地域は、ますます重症児が住みにくく
不安で、心細い思いで過ごす親が出始めた


それじゃあ、自分たちで訓練会作ろうか!
いろんな人にこの現状を知ってもらおう!

問題意識を持ってる人は多い・・・

やるなら今だ!! 
 

でもmoguraが代表をするには、
KOUの体調にはまだ不安がたくさん

呼吸や逆流は手術で改善されたとはいえ、
肺炎などで入院することも多かった
(だから、まだ訪問籍だったんだもの)

期間限定で出来ることをしてみるか!


そんなmoguraの思いに賛同する親8名と
養護学校の重症児クラスの先生方や
別の町のPTさんや保健婦さん、お医者様・・・・


いろんな人に支えられて
小さな、小さな親の会がスタートした



活動資金は、企業や信用金庫の助成金と通信誌の購読料

基本的な活動は、PTさんによる訓練会をベースに
とにかく、いろんな活動をした

その、ほんの一部をご紹介♪
(写真はクリックで拡大するよ)


【99年】
秋  PT講義 

10t9910hpt-7years.jpg 
東京の療育センターで排痰法を教えてくださったH先生
「近くまで行くから」と、立ち寄ってくださることになり、
大広間で福祉・医療・教育関係者も見学に来られて、
盛大な訓練会になりました
(KOUは入院中で外出しての参加です


【00年】
春 地域で福祉機器展示会を開催
多くの業者さんやボランティアの方のおかげで盛大な展示会になりました
市の総合体育館の中と敷地で、福祉車両も含めて50種類以上の福祉機器
を見て、試していただくことができました
PAP_0021.jpg PAP_0014.jpg   
  


秋 地域の吹奏楽団さんが出張演奏会
親の会の家族のためだけの贅沢で楽しい演奏会
00秋音楽会1  00秋音楽会2  

団員さんのお子ちゃま達とも仲良くなったね
なぜか「長女組み」「次女組み」に分かれて遊んでる子どもたち(爆)
 00秋音楽会4 00秋音楽会5
        長女組み            次女組み

00秋音楽会3 00秋音楽会6
     こんな温かくて楽しい演奏会はじめて感謝の1日です



秋 お芋掘り
学校の先生のお宅の畑で、家族揃っての芋ほり体験 
00秋芋ほり 

冬 気功でリラックスタイム
地域の総合病院の麻酔科の先生が筋緊張の強い子たちに
家でできる気功を教えてくれました
00102801.jpg 



【01年】
春 音楽遊びの会
学校の先生の企画で、音楽遊びでみんないい顔してました 
 01062301.jpg  01062302.jpg 



何にもない地域だから、
毎回、企画をするのが楽しくて

あんなことも こんなことも
どんなものでも新鮮で

家族ぐるみで参加するうちに
みんなの表情も明るくなった

それが一番嬉しかった

10人もいない弱小集団
学校で会うより
病室で会うほうが多いこともあった

安定した体調の子の方が少なかった
みんな大変な生活をしている家族ばかり

それでも、いろんな方に支えられて
本当に有意義な時間が過ごせたのです


つづく・・・

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退院はスタートの合図

1998~1999年(KOU9・10歳)

KOUのおいたち≪きょうだい誕生編≫ガマンさせたね の続きです
KOUのおいたち(一覧)参照


地域にできたショートステイを利用してPONKOを出産し
 
KOUは訪問教育を受けながら、少しずつ体調がよくなって来ました

時々、スクーリングで学校に行って勉強したり
行事参加したり・・・


’98年 
 
大学のサークルの方が来られてハンドベル演奏会
9t9807handbell2.jpg 
ミッキーマウスマーチなど知っている曲に大喜びのKOU
お姉さんがベルを貸してくれて、ベルの音を真剣に聴いてます
9t9807handbell1.jpg 
あまりにも喜んでいたので、買ったCDには無反応
「違いがわかる子」なんです 

やっぱり生かっ!! 





’99年  2月

97年に東京で気管分離・腸閉塞&腸ろう造成の手術
98年も地域で腸閉塞の2度目の手術

やっと年を越せると思ったら、マイコプラズマ肺炎
年が開け、約一月後に再び肺炎で1ヶ月の入院
・・・KOUの闘病記(一覧)参照

年末年始にかけて入退院のくり返しでした

だけど、PONKOの出産の時にKOUのショートを体験しているので
看護師さんが「ショートで経験したのが自信になった」と、
夜はmoguraが家に帰れるように配慮してくれました

まだ子どもたちが小さかったので、夜だけでも帰れたことが
とってもありがたかったです


99022701-.jpg
KOUの退院祝いと
MOU-chanの5歳の誕生日と
それから、PONKOの初節句・・・

ぜーんぶまとめて

おっきなケーキでお祝いだよ

   


この入院の間に、親の会の発足の準備が着々と行われていました

地域の重症児の親、8名との発足確認会議
助成金の寄付申請の準備
県民局や養護学校へ今後の療育のことで話し合い・・・

地域で訓練が受けにくくなったことへの不安
療育拠点施設がないことでの親の子育ての不安

地域にないものの必要性を親の会から発信しよう
自分たちにできることがないか考えてみよう

ただ、待ってるだけではなく
何かはじめてみよう

そんな思いをぎっしり詰め込んだ親の会の活動が

KOUの退院と同時にスタートしようとしていたのです


つづく・・・


今テープ起し納品のため格闘中!!
夜にはブログ訪問できるようにがんばります

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ショートステイ初体験

《きょうだい誕生編》 <天罰下る>の続きです



<KOUのおいたち:きょうだい誕生編>

家族がギクシャクした状態が時々あっても お産は待ってくれません

地域に障害児が使えるショートステイ施設がなくて
数時間も離れた遠い場所を利用するしかなかった頃
                (今も、そう変わらないけど・・・)

日中の数時間でさえ預ける場所がなくて 家族力だけが頼りの時代
通園も母子分離の日なんていうのもありませんでした


80地域でショートステイを!!!

行政へお願いに行きたくても、術後一年未満で
訪問教育だったKOUを置いて外出するのはままならず・・・


21行けないなら来てもらおう!

            怖いもの知らずのmoguraです356
…と、いう事で

市内に住む県会議員さんと同じ地区の障害児ママに頼んでもらって、
もぐらんちに県議さんをご招待しました  数名の通園仲間も一緒に…

県議さんは、重症児の現状をしっかり聞いてくださって、
制度を調べたうえで病院長と相談し、話はトントン拍子に進みました354
                             これぞ鶴の一声

少しでも役立つようにといろんな情報も教えてくれました
日常生活用具のストマ用具で紙おむつが助成できますよ」と!
 
福祉課でも知らなかったのに・・・
その後の連絡がしやすいようにと個人のメアドも教えてくれて…


そんな議員さんのおかげで、 
私たちの願いは運動という運動もせずに叶いました221

当時のKOUの主治医もショートステイの必要性を感じていたので
積極的に応援してくれて、細かな段取りを病院側と相談してくれました



実現への課題 
・・相互が安心して利用するためにどうするか・・


それまで、入院しても家族が24時間付添っている状況だったので
相互で安心できるようにするには、かなり工夫が必要でした 

利用の2ヶ月前…
 往診の時、主治医が病棟の婦長と一緒に来てくれました

契約ボランティアさんの派遣や、ショートステイ利用中の入浴ができないか
検討してほしいという案は婦長があまり前向きには考えてくれず却下239

現場の婦長が後ろ向きというのは困ったことなんですけど
退職された大好きな元婦長が電話をくれて
お母さんは赤ちゃんのことだけ考えていてね」と100総婦長のところへ355


いろんな協力者のおかげで、ボランティア派遣は無理でしたが
病棟のナース達も前向きに考えてくれるようになりました


103KOUのお願い】作成
交代制の看護で、誰でも一目瞭然でミスの無い工夫として、
東京の病院で行っていたのをヒントに 【KOUのお願い】を作る事にしました

注入や気管・胃ろう・腸ろう管理、体位交換など姿勢の注意

これらをイラスト・写真などを使い、わかりやすいようにまとめました 
ひとつは、ベッドに貼る写真・イラスト多用のポスタータイプと保管用の資料

新生児の準備より KOUのショートステイ準備の方が忙しかったです356 



いざ100利用
小児科と産婦人科の病棟は同じフロアだったのでとっても都合がよく
帝王切開で日程も決まっていたmoguraと一緒にKOUも病院へ行きました

入院してオペまでは2日程あったので、その間に小児科の看護師さんも
資料だけではわからない事などを産婦人科病棟まで聞きに来てくれました

反対に私が小児科病の忙しい時間帯に移動してたり・・・

2人であっちこっち移動しまくりで、オペ当日と翌日はみんながKOUを個室
まで連れて来てくれて、ベビーと一緒に過ごす事ができました238 
  
8t9804出産1 
ボランティアさんの派遣は実現できませんでしたが、家からも近いので
家族も何度も家と病院を行き来できるし、KOUの担任にもたくさん来て
頂いて、KOUが退屈しないようにと母代理をしていただきました

初めてのショートステイは、安心感のもと大成功で終わりました 


お家に帰れた事も妹ができた事もとっても嬉しい257ニコニコのKOU
8t9804出産2 

KOUを預かれたことが看護師さんたちの自信にもつながり、
その後は入院中も夜間は帰れるようになりました

ショートステイができるようになって、間接的に好影響がたくさん・・・

年月は流れ、婦長も代わり、医師・看護師不足を理由に
ここ近年はショート利用を断られているようです406。。。117ふり出しにもどる」 
           いま復活に向けて水面下で動いている最中です265

という事で、自宅にいながら活動をした体験談でした f(^ー^;


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天罰下る

《きょうだい誕生編》 <誰か救って!>の続きです


<KOUのおいたち:きょうだい誕生編>

HAMUOさんの仲裁は裏目に出てばかり、
moguraの感謝の気持ちも伝わらず・・・

それでも、家族はそれぞれ気持ちを切り替えようとしてました

ジィちゃんはハムスター飼い始めて MOU-chanと遊んだり
私も義姉妹が来た時は なるべく付き合って外出したり・・・親睦よね 

だけど、妊娠後期になるとmoguraのお腹の張りはますます強く
2・3歩あるくだけで石のようにカッチカチ2

376産婦人科医には「入院しないなら家で1安静状態を守れ」と

バァちゃんやHAMUOさんに食事やMOU-chanの世話に加えて 
大量の洗濯物を頼む日々
それをただゴロゴロしながら じーっと見てるのもかなりの苦痛で
みんなが気持ちのどこかにストレスをためて過ごしてました


22天罰下る22

―1997年12月末~1998年1月―
KOU(当時8歳)が気管切開・腸閉塞の手術をして初めての60
ちょうど12年前の今頃のこと           ⇒(闘病記一覧)                

訪問教育中のKOUが377学習発表会に参加できて喜んでいた翌日
咳込みがひどくなり 冷や汗が大量に出て、夜には体温が
みるみる 35.2℃に低下 404どうしたの?

聴診器でお腹の音を聴くと腸の動きが極端に弱く、
超チューブからは、とても濃い緑色の胆汁が多量に引けるし
計測していた尿量は いつもの4分の1・・・  

手術をするまでのKOUは、筋緊張が強いせいで 
体温はいつも37℃前後
36℃以下になるなんて初めての経験です330
 

KOUは、顔面蒼白・体は脱力してグニャグニャ!!

たぶん、普通ならここで473救急車を呼ぶんだろうけど、
私の場合、無呼吸でも家で蘇生するのが当たり前の生活を送っていたので 
当然、この時も初めてのことだろうが家で対処しました 

KOUをコタツに入れ、
腸チューブからから人肌の湯冷ましを注入し、この処置は的確だったそうです(後日談)
体をこすって一生懸命にKOUを温めました


なんとか、翌日には尿も出て一安心したものの
翌週にも低体温をくり返し

1998年の1月3日 イレウス(腸閉塞)で入院 内科処置を行うも・・・
      1月7日 2度目のイレウス手術をすることに263



なんで、低体温になったかというと、
気管切開して呼吸が楽になってから、自然にケイレンが減り
筋緊張が抜ける時間が増えたので、逆に低温低下を招いたようです

当時の増改築したKOUの部屋は、二重窓だったけど床暖もなく 
KOUには、気温の変化がストレートに影響してしまいました

腸の働きが弱ったのでイレウスを再発したようです
 
入院は3週間、moguraも泊り込みで付添いをすることになり
MOU-chanは完全にバァちゃんたちに頼む事になりました



22反省する大人たち22

家族それぞれがKOUの入院を“大人への戒め”と感じてました

KOUが不調にならないと まとまらない家族
本当に大人たちは愚かです

この入院がきっかけて少し反省できる家族になったのに
時間が経つと反省もどこへやらなんですけどね f(^ー^;

そしたら今度は天災に襲われて、家族が一丸となる状況が起きたり、
生活が落ち着くと、義兄との死別でお互いを思いやるようになって・・


家族そろっての辛い経験で、この後 数年かけて家族になれました258238

以前は、猫の理解力には感動するくせに、
KOUの成長は半信半疑で喜んでも もらえず
部落差別・障害者差別という意識も残る地域に戸惑いを感じたり・・・

だけど、10年後の今

ジィちゃんは、「自慢の嫁だ」と言ってくれるし(酔っ払った時にね)、
バァちゃんもKOUに話しかけては表情の変化を嬉しそうに見つめて、
言ってもらわなきゃ何にも気付かない人だから、何でも言ってくれ」って
いつでも快く手伝ってくれる

義姉妹のお土産は、たいていKOUも食べられるプリンを選んでくれるし、
「○○ちゃんだからKOUを育てられたんだなぁ」と言ってくれたり、
甥達もKOUを思いやって声をかけてくれる優しい環境になりました


もし、両親の住む福島が福祉の整ったまちだったら、
すぐに引っ越していたと思います
HAMUOさんの親戚との関係はゼッタイ縮まらなかったはずです


人はエゴが強く自分を大事にする生き物です

でも、自分より弱い立場の大事な人が辛い状況になると
自然に団結して支え合うことができるんですね

他人を避難する前に、自分がしていることを客観視すると
反省する事がとっても多かったように思います

人は変われるものなんです

失敗しても何度でもやり直しができると思います


こんな思いの先端を感じ始めるようになったPONKO出産前でした

それにしても、いつも最愛のKOUが犠牲になります
KOUがこれ以上苦しめられないように、
毎日感謝の気持ちで生活しようと心に強く思う母だったのです


<きょうだい誕生編>さぁ、次はいよいよ出産の時の話です


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ショートステイ誕生

<KOUのおいたち:きょうだい誕生編>  前回KOUの妹たち参照

3人目の出産の前にMOU-chanの時のことを少し・・・

MOU-chanのお産の時は、8ヶ月頃からお腹の張りが強くなって“安静”と
言われたけど、それまで順調で胎児も元気で問題なくすごせました

つわりも軽いの・・・私53 

そのうえ、KOU(当時3~4歳)はケントン食でケイレンも嘔吐も無呼吸も激減

だから、時々休みながら、通園に通ったり遠方の療育園にHAMUOさんや
バァちゃんに付添ってもらいながら行ってました


当然、ショートステイはなかったけど、超広い個室のある市内でただ1つの
個人病院で計画的な出産を行う事にしました(帝王切開だからね)



MOU-chan出産のときは・・・

ジィちゃんとバァちゃんにKOUを病室に連れて来てもらい、
私が日中 ずっとベビーとKOUをみて、
その間に、家事をしてもらっていたんです
HAMUOさんも出張なかったし・・・

でも、PONKOの時はそうはいきません

MOU-chan(当時4・5歳)は保育園に通っていたし、
KOU(8~9歳)も大きくなって、バァちゃんも抱っこ大変だったし・・・
 
しかも、その個人病院はなくなって、総合病院でしかお産ができない状態
総合病院の個室は狭くて、日中ずっとKOUを置いておくには大変・・・・




で、、256この機会にショートステイを強く訴えよう・・・ってことに



知り合いになった県議さんを自宅に招いて、障害児の親数名で
この地域の福祉の現状を説明して、地域でショートステイができるように
力を貸して欲しいって相談しました
 

県議さん、とても熱心にその制度のことを調べてくれて
病院にも助成金が入るからと交渉してくれて
ついに総合病院でショートステイができるようになったんです

たった1床だけど・・・


県議の鶴の一声とは大きいものです350


ただ、総合病院は、まだ重症児に慣れていない状態で
一人で置くことには不安も大きかったんです

気管内吸引と口鼻吸引の区別も出来ないナースがいたり、
入院しても親は傍を離れることができない状況でした


なので、双方が安心してショートステイを行えるように、
病院との話し合いを重ねました


積極的に協力してくださった主治医

辞めてもなお、実現に向けて尽力くださった元婦長・・・ 
お母さんは何も心配しないで、元気な赤ちゃんを産むことだけ考えて
             そんな元婦長の温かな言葉が思い出に残ってます266


安全なショートステイに向けて・・・

 
個人的には、ショートステイを引き受けてくれる小児科病棟の看護師さん用に
KOUくんの資料」をつくりました

内容は、体交・注入・吸引・胃ろう・腸ろう・気切部の管理など
イラストや写真付きで誰でも見て理解できるように・・・
一日のスケジュールも病院と相談して書きました

作った資料の説明に病院に行ったり、
病院から婦長さんが家に来てくれたなぁ・・




その他に、PONKOのお産にはいろんな方が協力してくれました



53保育師Aさん

看護師を辞めて県の保健師になり、挨拶にこられたとき
最初から何だか気があって、福祉過疎のこの地域の話などで花が咲き
「私にできることないですか?」って言ってくれたんです

そんなことをいう福祉行政の方は初めて・・・

すごく嬉しくなってmoguraもポンと一言!!

お産があるので週一度でいいから入浴介助をお願いできますか

無意識でそんなお願いをしてました(((´∀`)))

それから、上司に頼んでくれてボランティアで入浴介助に来てくれて
障害児には関わりのなかったヘルパーさんにも来てもらえるように
働きかけをしてくれるようになりました

なので、産前産後の時は、保健師さんとヘルパーさんにKOUの入浴を
週一度ずつお願いできたんです 

 


53担任の応援

担任としても、母としても、親と同居している嫁としても
いつも心の支えになってくれた担任のY美先生
 
お子さん達を連れて来て、KOUとMOU-chanと一緒に遊んでくれたり
各機関との橋渡しをしてくれたり、
入浴介助をしているところを見学してくれて、学校で教育の一環として
水(お湯)遊びをしてくれたり・・・・  ナイスアイディア♪d('∀'o)


8t9707訪問


私は、こんな心強い女の人たちに支えてもらって

PONKOを出産したんです

 
だけど、家庭内は順調には進まず・・・


 
<きょうだい誕生編>まだまだ続きます・・・また読んでやってください

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KOUの妹たち

療育センターから帰ってくるとPONKOがニコニコしながら玄関にやってきた
206「今日、お姉ちゃんと一緒に帰ってきたんだよ」
209「へぇ~珍しいねぇ~っていうか、初めてだよね」
206「うん、215のカゴに479入れてもらったら、姉ちゃんフラフラしてたよ…257

  よっぽど嬉しかったんだぁ~よかったね454


4歳違いの五学年離れた姉妹… 

赤ちゃんの頃から世話好きでPONKOを可愛がってたMOU-chan
 
「歩かせたらいいのに・・・」と言っても、甘える妹をおんぶしたり、
学校ごっこでお勉強を教えたりする“チーママ”でした

PONKOは私とMOU-chanが育てたと言っても過言ではないかも(笑)

PONKOが小学生になった頃から数年間(思春期)は冷たいお姉ちゃん
だったけど、最近の楽しそうにしてる2人の
様子を見ると、

3人産んでよかったな
と思えます266



今日は、そんな娘達の誕生の時のことを書こうと思います


<KOUのおいたち:きょうだい誕生編>

22きょうだい児を望むということ39

最重度の障害を持つKOUを抱えながら、
制度もサービスもないこの地域で 次の子を産むのはかなり大変でした

義両親がいなければ娘達は産めなかった…

だけど、妊娠・出産期間は 何度も家族崩壊の危機がありました265

ええ、すごかったです330

夫婦ゲンカ、
嫁と舅&姑のケンカ、
そして親子ゲンカ…

娘達を授かる道のりは466嵐の海のようでした(笑)




22妊娠中のこと22

私は「どんな子でも育てられる」と、割り切って出産に挑んでいたものの、
「元気な子を産む」ための細心の注意と用心は かなりしました 

なりふり構わず 神経質なほどに… 456343

私の実の両親は遠方に住んでるから手助けなんて望めないです

こちらの親戚には「おめでとう」なんて言ってもらえなかったけど
義務感だけでも本当に助かりました259

どう思われても産むまでの辛抱!! 
          …そう思ってました (お互いに思ってたかな440)



KOUの8歳の誕生祝と退院祝い(東京で気管切開・腸閉塞)  
この数ヶ月後、PONKOの73妊娠がわかりました
8t9705誕生会8歳と退院祝い


KOUがケトン食で少し安定した5歳の頃511MOU-chanが…
手術して呼吸・誤嚥が改善された9歳の頃511PONKOが…

そんな少し落ち着いた隙間に 運よく娘達ができました 221


KOUは 発育不全の上に 9ヶ月で緊急オペになったので
あんまり膨らんでないお腹を切っているため傷はかなり深いということで…

お腹の張りは危険信号、子宮内破裂にならないように」と、

必要最小限しか動かないように言われていました

だから、バァちゃんにはかなりお世話になったんです
イヤな顔されながらもね…351


MOU-chanがお腹にいる時は・・・
自営業で 家にいる事が多いジィちゃんとバァちゃん 
ずーっと同じ居間で顔を突き合わせてゴロゴロしてるわけで…
離れている時間があればストレスも発散できるんだけど
逃げられない環境っていうのはキツイかったです330 

MOU-chanが生まれる寸前に、1階に増改築して私たちの部屋ができたけど
休日、KOUも私も体調のいいと気分転換してました!
  
8t9708穏やかな表情



そんな妊娠中の安定期には 障害児の環境を少しでも改善するために
紙おむつの支給」や「ショートステイ」の実現に向けて動いてました

県議さんや保健師さん、主治医や看護師さん、学校の先生…

「ショートステイ」実現には多くの方が協力してくれました


続きはまた今度…

※最近は、こんな親子関係ではないのでご安心を(o^―^o)ニコ


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保育ってスゴイ

先日の記事「スケジュール」でjunさんから後日頂いた質問で・・・

KOUくんが職員の方の言われることに協力して食事をしたり、排便をしたり
 していましたが、それはどのような関わりでできるようになったんですか?


とあって、

習慣になってる事を何とな~く読めるようになったのは、保育やSTのくり返し
 遊びから 欲求を引き出したり、期待をさせる体験をしたのも関係するのかも
しれません


と、お返事しました

その後も、本当にどうしてそんな事ができたんだろ~って考えてました260


「“脳のどの分野が悪い”とも言えない程、全体的に悪い」と医師に
言われたKOUですが・・・失礼でしょ(´・ε・`)プー



20就学前後に担当だった療育園のSTの先生には
 「
KOUくんは遊びのセンスがすごくいい
」と言われたり

20小学部の頃には、「バナナ・プリン」と大好きな食べ物の名前、
 数年前ぐらいからは自分の事を言われていると、反応してるって
 気付きました

と、いう事は・・・
何年間も聞いた言葉はわかるってことですよね460


そんなKOUだったから、
511赤ちゃんの頃から遊びの中で
もっと~して!!”という気持ちや
次は~かな?”っていう期待する気持ちが
芽生えたんだと思います


それは保育=遊びから得られるものがとても大きいです
※【保育】 守り育てること。育成すること。
       幼児の心身の正常な発達を目的として、幼稚園・保育所・託児所
       などで行われる養護を含んだ教育作用。

       

子どもの頃から、moguraはアパートじゅうの赤ちゃんの世話をするのが好きで
KOUが障害をもって産まれても、リハビリしたり遊んだり・・・
動物の声や楽しい歌、体を使った遊びに反応して笑うようになってからは
しつこく、しつこく遊んでました(心の底から嬉しかった)


大好きな134ワンちゃんのオルゴールが鳴ってると嬉しそうだけど(下の写真)、
止まると「うんがぁ~」って催促してました454
バァちゃんと留守番する時も291音楽が流れてないとご機嫌斜めだったね
90082400.jpg

母子入園の時に初体験したタオルブランコは「もっとやって!」をたくさん
引き出してくれました
92082800中

中学部になっても、高等部になっても喜んでたよね454
030717ブランケットあそび1_edited 

小学部の訪問籍の時には、スイッチ(写真の四角いもの)を使って・・・
偶然ひもを引いたらオモチャが動く事がわかって満足して遊べました
3年980629シャボン玉 

ジャボン玉やパソコンで遊んだり、

オモチャのバッティングマシーンで節分の鬼退を治したり・・・
4年0002節分1 4年0002節分2  

何度もくり返して、やっと自分が遊んでることがわかって・・・

何度もくり返し聞いた大好きな言葉を覚えて・・・

その中で、満足感や欲求、期待などが育ってきたのかなと思います

重い障害児だからこそ丁寧なくり返しの保育が大事だと思います




●おまけ●

保育士さんになりたかったmoguraは、母子入園中に本を見ながら
パネルシアターの部品をたくさん作ってました

歌を歌ったりする時も、KOUがわかりやすいように・・・自分も楽しいし266
パネル_0013 パネル_0009  パネル_0010 
「お店の品物」とか「チューリップ」「コンコン、クシャン」とか楽しい歌ばっかり・・
パネル_0011 パネル_0012 
 
それから、小学部の訪問籍の頃は担任が季節の遊びの小道具や、壁面に   
飾るものをたくさん作ってくました
 
家に飾ってあるだけで楽しい気分になるし、KOUにも季節感がわかるし、
遊ぶ内容を認識しやすいようですね

これは大切な宝物で、今でもずーっと持ってます

20歳になったけど、まだ喜んでくれるかな(笑)
パネル_0014 
今度遊んでみようかなぁ~ (*^m^)


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2015/7月
全く更新もないのに見に来て下さってありがたいです。
さらにコメントまで…
逢えない時間が長くなるにつれ私は情緒不安定(笑)!
でも!今は…!
障害者施設で働いているんですよ!✌
もうすぐお盆です!今年こそは夢でKOUと逢いたいなぁ。
-- E N D --
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mogura

Author:mogura
夫  :HAMUO
妻  :mogura(管理人)
長男:KOU★享年21歳
 2010年11月3日(水)永眠
 療育センター(週3)
 デイサービス(週1)
 生活介護事業所さんにも
 お世話になっていました
長女:MOU-chan☆大4
次女:PONKO☆高2
うさぎのラッキー♂
  2005年11月生まれ
    
HAMUOさんの両親と6人家族ですが、2015年現在 MOU-chan(大学生)とHAMUOさん(単身赴任)は京都暮らし。

2015年更新

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